FROM SAITO CITY MIYAZAKI
「宇宙を仕事にしていたけど、 好きだけで突っ走れなくなったんです。 いまは、趣味のサウナ・古着・コーヒーと、本当にやりたいことを探しています」
まるで友達のおじいちゃんの家に来たような、というより、本当におじいちゃん家に作ってしまったサウナ。2023年7月、西都市茶臼原に開業した「茶臼原ひみつのサウナ」は、オーナー・丸山さんの祖父母が暮らす民家の敷地内にあります。薪で温めるテント式のサウナで、セルフロウリュに加えてヴィヒタも用意。農業用の樽に井戸水を汲み上げた水風呂に浸かったあとは、田園風景を眺めながら外気浴ができるという、文字通りプライベートな貸切型サウナです。敷地内には牛舎を改装したショップを併設し、オリジナルグッズに加えて古着やコーヒーなども販売。コンセプトに「みんなで作る秘密基地」と掲げるとおり、一般的なサウナでは味わえないような変わった体験ができるのが特徴です。
宇宙飛行士になりたくて
「色々と準備がギリギリで。早く開業したいんですけどね」とこぼしながらうちわで薪を扇ぐ丸山さん。その姿から、かつて宇宙飛行士を夢見た少年だったとはなかなか想像できません。中学生のとき、映画『宇宙兄弟』のロケットの打ち上げシーンに「ビビっときて」、大学で地球惑星科学を専攻。宇宙関連の企業に入社し、国際宇宙ステーションの運用管制官として働き始めます。ただ、あくまで目標は宇宙飛行士であり、就職はそのための第一歩。2022年、13年ぶりに行われたJAXA（宇宙航空研究開発機構）による宇宙飛行士選抜試験にはりきって臨みましたが、結果は不合格に。今後いつ開催されるかも分からない選抜試験を待ちながら働くことに、明るい未来は描けなかったといいます。
「すべて宇宙飛行士になるためにやってきたところはあったんです。試験に落ちたのと、仕事でも色々あって……ちょっと違うのかなと。今思うと、宇宙のことがあまりにも好きで頑張りすぎてしまったり、やらなくていいことまでやってしまうところもあったんじゃないかな。とにかく一度宇宙から離れようと、大阪の実家で少し休むことにしました」
この先の人生、何をやっていけばいいのか。ぼんやりと、しかし壮大な悩みに包まれていた丸山さんの脳裏に、祖父母の家での思い出がふと蘇ります。夏休みや年末年始には必ず訪れていた、豊かな西都の自然。どれだけ花火を打っても怒られない、これ以上ないほど自由な裏山。小学生の頃、二人の弟と秘密基地を作ったり、自転車に犬を乗せて小川を走ったこと。「住みたい！」と母親に告げて止められたこと──。
丸山さんは久しぶりに帰省し、徐々に西都市について調べ始めます。そこで見つけたのが、「はじめるPROJECT」のPRムービーと、はじめるマガジンでした。「農業」「田舎」といったイメージでしかなかった、子どもの頃から知っている西都市とは違った姿がそこにありました。
「僕が言うと嘘みたいですけど、ここのウェブを見て本当にびっくりしたんです。西都ってこういうのもやってたんだ、こんなかっこいい人たちがいるんだって。それがきっかけで、西都で働こうかなと本格的に思い始めて。『地域おこし協力隊』の募集を見つけて、KOKOKARAにまだ枠があるのか、どんなお仕事なのか伺いにいきました」
やりたいことが叶えられる場所に
仕事の内容よりも、ゆったり働けることが大事。祖父母と住めることがまず楽しいうえに、自主企画業務（※）では自身で立案した企画に対して年間100万円の予算が充てられるとくれば、むしろ理想的な条件。移住後は以前のように「好き」という感情だけで突き進むのではなく、根詰めすぎず、ほどよい距離感で気持ちよく仕事と向き合うことができている、と丸山さんは話します。
「命令業務（※）ではまちのお店を紹介するKOKOKARAのインスタグラムの運営や、地域ポータルサイトの制作などに携わっています。協力隊には同年代の２人の仲間がいて、よく飲みにも行きますし、サウナのデザインも手伝ってもらったり楽しくやってますよ。西都市には創業支援金の制度があるためか、僕のような自営業者も多くてアクティブな雰囲気があります」
※…西都市の地域おこし協力隊では、業務のうち約70％がまちづくりに関する「命令業務」、残りの約30％は「自主企画業務」を企画・実施するのが要件となっている。
ひみつのサウナが目指すのは、秘密基地のように、なにかやりたいと思ったらできるような場所。お客さん同士がやりたいことでつながったり、新たな表現が生まれるようなコミュニティとして機能してほしい。自分だけでなく、 “みんなのおじいちゃん家” になってくれたら、と話した丸山さん。趣味を仕事にしながらも、自身の夢をゆっくり育んでいきたいという意志が感じられました。
「宇宙飛行士の夢を諦めたわけじゃないんです。今は西都市という場所でやりたいことをやってみながら、自分自身を見つめ直す時間なのかもしれないですね」
